アメリカに行ってカルチャーショック!私が驚いたこと

今日はおうち英語ではなく、海外に関する私の雑記エントリーです。

私は高校生の夏休み、うまれて初めてアメリカ・ワシントン州シアトル近郊に数週間滞在しました。

父方の叔母の家です。
叔母の子どもや孫は日系人とはいえ、生まれも育ちもアメリカのアメリカ人。
叔母以外の人間で日本語を話せる人はいない環境でした。

当時のカルチャーショックと思い出を忘れないうちに書いて置きます。(あれからもうすでに20年以上)

地下室に銃

親戚の同年代の男の子が、地下室で銃と弾丸を見せてくれました。親は厳重に保管していたでしょうし、もしも見つかっていたら超大目玉をくらっていたんだろうと思います。

そのときbullet(弾丸)という言葉を初めて知ったのを鮮明に覚えています。銃だけでなく、珍しい鉱物を見せてもらい、名前を沢山覚えました(Snow flake Obsidianをもらったので今も名前を覚えています。我が子たちがマイクラにはまって再度その名前を聞くようになり感動)

叔母さんの英語がカタコト

もう何十年もアメリカに住み子や孫までいる叔母さんなのに、英語の発音がカタコトでした!!

Richardという名前の孫に、おばさんは

「リチュッ」

と呼びかけます。私にもそう呼べば通じるとアドバイスしてくれました。

その「リ」はRではなく日本語のリです。

叔母さんは本場アメリカにいながらにして、

日本人ぽいカタカナ発音を保持したまま、アメリカ人とコミュニケーションしてきたのです。

若い頃は、義母さんから言葉が伝わらないことでイヤミを言われたり意地悪されたこともあったそうです。そんな中、叔母さんなりに試行錯誤していった彼女なりの英語。たくましいなと思いました。

目があうとスマイル文化

日本ではスーパーやエレベーターなどですれ違う知らない人とはあまり目を合わさず、仮に目が合ってもすぐ目をそらすことが多いと思います。

が、アメリカにいくと、知らない人でも目があえばニコッとスマイル。え?なに??こんな私になぜ笑顔を向けてくれるの??と驚いたのでした。

敵意がないことを示すため、など文化的な背景も色々あるようですが、笑顔というのはいいものだな、と、日本との違いに心底カルチャーショックでした。

誰とでもしゃべる市民と母のとっさの英語瞬発力

アメリカ人は初対面の人や店員さんとも気兼ねなく雑談をすることがあります。
日本だと明確なきっかけでもない限りは外で赤の他人とは話さないですよね。

当時英語好きの高校生だった私よりも、義務教育で英語を少し習った程度で外国人との接点もない母(当時50代)のほうが英語の瞬発力があり、コミュニケーションが得意でした。

要は度胸の差!

私がまごまごと英語でなんと言えばいいか考えている間に、

母が横からテキトーなカタコト英語でバシッと言っちゃうのでした。

テストの点数で測れば母より私のほうが英語力があったでしょうが、いざ海外で困ったときには母のほうが役に立ちそうに見えました。「英語ができるとはどういうことなのか」を高校生なりに考えた旅行でした。

追記(その後数年~10年で、私は国際経営学部での大学生活や就業(貿易の仕事)海外の人と英語で話す機会が増えたわけですが、対面で会うときはやはり瞬発力が必要でした。一方で、やはり仕事に関ては、知識と語彙(日英)がないとどれだけコミュ力があっても実利的には不十分で、要は総合力であると悟りました。)

スラングを教えられる

親戚の高校生たちがスラングを色々教えてくれました。

例えば、

sucks(サックス)という悪い言葉があるのですが

私はその言葉と靴下のSocksが聞き分けられず間違えて子どもたちに爆笑されたものでした。

ドラゴンボールについて聞かれたが答えられず

親戚の当時10才くらいの男の子にドラゴンボールの質問をいくつか受けましたが、私はドラゴンボールに詳しくなかったためほとんど堪えられず悔しい思いをしました。(私は実兄の影響でドラゴンボールアニメや漫画を沢山見ていたけれど、本当は興味がなかったので内容をよく覚えていなかったのです)

特によく覚えているのが、

What does Cha-la, Hetcha-la mean?(チャラ、ヘッチャラの意味は?)と聞かれ、答えられなかったことです。

全くもって平気、痛くもかゆくもない という感じでしょうか。
英語だとなんと説明するのがピッタリなんでしょうね。

せっかく日本に興味を持ってくれた人に対して、日本語や日本のことをうまく答えられないとムズムズしますよね。みなさんも体験したことがあるのではないでしょうか。私にとってはドラゴンボールの質問がその原体験でした。

気軽に家を訪れる人々と治安

よく海外ドラマで、隣の家の人や友だちが勝手に家に入ってくるシーンがありますよね。

叔母さんの家には、さすがに勝手にではなかったと思いますが、仲のいいおばちゃん友や、孫の友だちや彼氏も普通に入ってきていました。やっぱりオープンなんだ!と感動しました。

一方で、犯罪の恐ろしさは日本とは段違いの国。庭にドーベルマンを飼っていて、知らない人がくると超吠えていました。セキュリティサービスにもなにか入っているようでした。

夜は絶対に出歩くな、どこどこストリートは絶対に行くな、あそこはこの前ひとが殺されかけた、あっちはホームレスが多いなど、親が子供に言い聞かせていて、やっぱり日本とは違うな、と震えあがりました。

夜の密会おでかけ

それなのに…ああそれなのに

ある男の子に誘われて、私は真夜中2時におばさんの家を抜け出したのです!

高校生が運転できるアメリカ。

高校生男子の車に乗ってドライブし灯台を散歩して、本当に何事もなく無事帰宅したからよかったものの… 夜に出歩くのは危険すぎました。

私はそんなにムチャなタイプではなく、わりと真面目な高校生だったはずなんですが。大学生の時だけはパリピをやりましたが基本根が真面目なんです。なんでそんなムチャをしたのか、自分でもいまだに分かりません。

自分が親となった今、もしも子どもを高校や大学で留学させる事を思うと、なんて心配なんだ!!!!

以上がアメリカに初めて行った時のカルチャーショックと「とんでも」な話でした。

良い面だけを見た

親戚の家に滞在したので、誰からも歓迎され、もてなされ、もちろんアジア人差別とは無縁。アメリカの大自然とシアトルなど都市部の両方を堪能。

たのしいたのしいアメリカ体験となりました。
10年後に結婚式参列のためまたワシントン州に行ってるのですが、その時も同様です。

(いとこたちが日本に遊びに来たときも、日本の悪い面は体験することなく帰っていきました。)

最近のアメリカ情勢を見聞きしたり、いとこたちとFacebook上でやり取りしていると、

私が体験させてもらったのはアメリカのイイトコドリだったのだな、と感じることもあります。良い思い出です。